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「昭和天皇の南紀ご訪問」

 戦前、昭和天皇が紀南を訪問された時の貴重な資料『和歌山県行幸記録』を田辺市のあおい書店の店主、多屋朋三氏が送ってくれた。現天皇の退位問題が大詰めを迎えるなか、私は天皇制の最大の危機であった終戦時を昭和天皇がどう乗り切られたかを調べている最中だった。

▼多屋氏は郷土史研究で広く知られ、収集した資料は膨大だ。この記録は昭和4年夏、昭和天皇が戦艦長門で田辺湾に寄港され、白浜の京大臨海研究所、神島、畠島などを訪ねられた事実を詳細に述べている。

▼この間、南方熊楠をお召しになり、天皇のご専門の粘菌について、予定時間をオーバーして質問を続けられたのは、熊楠を語る際に不可欠のエピソードだ。

▼昭和天皇はその後、長門で串本湾に向かわれ、トルコ軍艦の遭難地で慰霊された。こうした一連の記録を読むと、戦前に天皇を迎えることが地元にとっていかに重大事であったかが分かる。現状の国民との交流に比べると、隔世の感だ。

▼何しろ「生き神様」を拝むのだから、県民は徹底した統制と監視下に置かれた。例えば私の郷里、東富田村(白浜町)では青年団50人、在郷軍人78人など計441人と小学生230人が選ばれ、所定の位置で所定の形式にのっとって、恭しくお迎えした。「全員恐懼(きょうく)感激した」という。

▼多屋氏はこの時の記念写真を種々入手し、近く発行する写真集「白浜編」と「串本編」で紹介するそうだ。(倫)



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