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「早川崇氏とバングラデシュ」

 田辺市出身の早川崇氏を記憶する人は、もう年配者だけかもしれない。氏は戦後すぐの総選挙に初当選し、以来衆院議員を14期務めた。1982年に66歳で急逝するまで労働相、厚生相などの要職を歴任した。

 ▼最近、全国紙の東京版に早川氏とバングラデシュの深い関わりが紹介された。次のような話である。

 ▼バングラデシュ政府は1973年、早川氏に国家のシンボルであるベンガルトラの剥製を贈った。独立前から公私にわたって後援してくれた同氏に、最大級の感謝を表明したのだ。

 ▼その剥製は東京在住の長男、鎮氏が自宅に保管していたが、大使館が移転するのをきっかけに寄贈を決めた。大使館側は日バ友好の象徴として大使室の入り口に飾ることにし、最近、贈呈式が行われたという。

 ▼私は記者時代、旧制田辺中学の後輩として、また弟の実氏の同級生という関係で、早川氏に親しくしていただいた。新聞社で定年を迎える際には、同氏が学長を兼務していた亜細亜大学で教壇に立たないかと勧められたこともあった。

 ▼ある日の雑談で政治家としての夢を聞いたら「衆議院議長」と即答された。権謀術数には縁遠く、議会政治に関する造詣が深かった。英国の議会制度に関する著書や論文も多い学究肌の政治家だったから、十分に可能性のある夢だ、と確信したものだ。

 ▼「郷土が誇れる本格的な政治家だったのに」と、その死の早かったことを今も残念に思う。 (倫)



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