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「熊楠を支えた人」

 博物学者南方熊楠の生誕150周年記念シンポジウムの会場で、熊楠の生家である和歌山市の酒造会社、世界一統が醸造した記念酒を購入した。ラベルにあしらわれていたのは熊楠が描いた粘菌の彩色図。すっきりした辛口で、つい飲み過ぎそうになった。

 ▼熊楠は生涯研究に没頭し、日々の糧を得る仕事には就いていない。シンポジウムに登壇したタレントの篠原ともえさんは「どうやって生活していたんでしょう」と首をかしげた。

 ▼研究生活を支えたのは酒蔵の経営を継いだ弟・常楠からの仕送りである。父弥兵衛は常楠に家督を譲る代わりに、熊楠には当時の金で1万3千円余りを遺した。資産を管理する常楠は、熊楠の遊学先であるイギリスに生活費や学資を送金し、帰国してからも仕送りを続けた。しかし1922年に兄弟間で行き違いがあり、援助は途絶えた。

 ▼その後は横浜の富豪、平沼大三郎や弟子の小畔四郎、樫山嘉一らが支援した。原稿収入はあったが、研究費や書籍の購入代金、郵便代などに消える。入院治療を続ける長男、熊弥の看護費の負担なども重なった。

 ▼シンポジウムのコーディネーターを務めた宗教学者の中沢新一さんは「熊楠を学ぶことで、日本が進むべき道が見えてくる」と総括。今後の熊楠研究に期待を表明した。

 ▼熊楠が生きた明治、大正、昭和は文化人や芸術家を周囲の人たちが支えた。それも未来に引き継ぎたい思想の一つである。 (長)



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