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「富田坂」

 久しぶりに白浜町富田に帰郷した。石川啄木のいう通り、人は年齢とともに懐旧の情を深くする。由緒ある草堂寺の前から登る富田坂は、幼少時代を育んでくれた原点で、路傍の一木一草にも語り掛けたいほどだ。

 ▼富田区長の野々田憲市氏、郷土史研究家の山内恒男氏が案内役をかってくれた。富田平野には高速道路が走り、峠一帯はもう廃道だ。沿道の桜も姿を消し、私の最も見たかった峠越えの大岩あたりも通行禁止。この岩は神が宿る盤座(いわくら)ではなかったか。

 ▼富田坂には紀州が生んだ政治家、陸奥宗光が壮大なイノシシ狩りをした話が残る。陸奥はその夜、村の素封家、柏木家に宿泊した。その昔、当主のしんさんから記念の書を見せられたが、彼女も今は亡い。

 ▼司馬遼太郎によると、紀州人は権力に威勢よく逆らう叛骨(はんこつ)の気質があり、紀州弁に敬語がないのはその表れという。戦国時代の雑賀党しかり、大石誠之助らが巻き込まれた大逆事件しかり。南方熊楠も叛骨の人だった。和歌山市出身の作家・津本陽も『叛骨―陸奥宗光の生涯』を残している。

 ▼紀州徳川家は搾取がひどく、御三家でありながら徳川政権が倒れた時には住民の同情はなかったそうだが、それも叛骨の表れか。

 ▼その紀州でいま「ドンファン事件」なる低劣な話が連日、週刊誌やワイドショーで取り上げられている。やりきれないと思うのは、私だけではないだろう。 (倫)


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