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「平成とは」

 間もなく終わる平成を、激動の昭和と平成を生き延びた一人として顧みたい▼終戦の翌年、米国のエリザベス・バイニング夫人が皇太子(現天皇)の家庭教師と学習院の英語教師になった。昭和天皇の切望だった。最初の授業で夫人は全員に英語の名を割り振った。12歳の皇太子は「私はプリンスです」と答えた。夫人は「このクラスでは皆個人名を持ちます」と、特別扱いも敬称も認めなかった。殿下はほほ笑み、全員が納得した▼ここから皇太子の自立と自分探しが始まった。それまでの個人授業ではどんな質問にも侍従に目をやり、助けを借りていた。ささいな作業でも、お付きがさっとやってしまうのが慣例だった▼新憲法で天皇は「国民統合の象徴」と定められた。その具体的な定義はなかったから、現天皇は皇后と一体になって実践の中で「象徴の意味」を自分流に求め続けられた▼3年前のお言葉では「常に国民とともにある自覚を自分の内に育てる必要」に言及された。特に被災地への訪問では、時に地べたに座り、被災者と同じ目線で語り合われた。広島、長崎、沖縄からサイパン、グアム、フィリピンの旧激戦地も訪ねられた▼「昭和天皇の道義的戦争責任の償い」という意味合いがあると、私は信じた。その結果、平成は天災こそ多かったが、貴重な平和が続いた▼天皇制は再生と循環の象徴だという。平成時代こそ、その具体化だったと思う。 (倫)


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