AGARAKiiLifeみかんKiiSearch

湯川松堂の手紙見つかる 印南町出身の画家

 和歌山県印南町出身で明治から昭和にかけて活躍した日本画家、湯川松堂の直筆の手紙がこのほど、同町内に住む松堂の親類の自宅から見つかった。幼少のころ学んでいた師匠の子息に宛てた手紙で保存状態は良い。

 町の歴史を調査・研究している「ふるさと歴史文化研究会」(坂下緋美会長)が主催する、歴史学習会「寺子屋・土曜ふるさと塾」が6月17日にあり、松堂を取り上げたばかり。その関係で坂下会長が、松堂の親類に当たる同町印南、湯川英男さん(79)の自宅で保管している手紙があることを知った。

 印南町史によると、松堂は1868年生まれで1955年没。幼少のころから画才があり、11歳の時に大阪に移り、陶器の下絵や看板の絵なども描いて苦しい生活を続け、風俗画の三谷貞広の門に入った。その後、京都で鈴木松年に師事して号を松堂とした。

 01年、大阪で小松宮の御前で揮毫(きごう)した時、松堂の絵を見た小松宮がことのほか感嘆。松堂が世に認められるきっかけとなり、小松宮の楽寿殿に呼ばれて揮毫し、小松宮妃の画の指導もした。

 03年、内国勧業博覧会に3点が入選したころから名声が高まった。代表作に06年の宮内庁下命による岩倉具視公一代絵巻などがある。

 坂下会長によると、松堂が幼少のころ、印南町内の寺子屋で学び、指導を受けていたのが橋本元昌。手紙は1901年、その子息の芳に宛てたもので、小松宮の御前で揮毫した当時の様子や喜びの心情などをしたため、亡き師匠の仏前に伝えてほしいなどの内容になっている。元昌は、同町印南地区で初めて寺子屋を開いた人物。



更新)