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熊野十界曼荼羅を保管 上富田の観音寺

 和歌山県上富田町生馬の観音寺に、絵図の熊野観心十界曼荼羅(まんだら)や室町―戦国時代に地域で勢力を誇った山本氏に関する古文書が保管されていることが分かり、13日、県立博物館(和歌山市)の学芸員2人が調査した。類似の絵図は県内では既に3点の存在が確認されているが珍しく、学芸員は「新資料が口熊野において残されていたと分かったことが重要」と評価している。引き続き、詳しく調べる。

 この日調べたのは熊野観心十界曼荼羅1点と古文書5点、鏡など。この絵図は同寺の山田一光住職(58)が別の掛け軸を探していて見つけた。古文書などは山本氏にゆかりの人から寺に寄贈され、金庫に保管されていたという。

 熊野観心十界曼荼羅は、仏教での死後の世界と供養の勧めを描いた絵図。地獄の情景も多く描かれ、僧や熊野比丘尼(びくに)が地獄の怖さを伝えながら仏による救済を「絵解き」したもので、布教に活用された。

 県内では江戸時代から明治時代のものとみられる3点がこれまでに見つかっている。観音寺の十界曼荼羅は、江戸時代後期に描かれた可能性が高く、絵の部分の大きさは縦約134センチ、横約122センチ。

 調べた大河内智之学芸員(43)は「十界曼荼羅は紀北で2点あり、熊野地方(新宮市)で唯一見つかった絵図は県文化財に選ばれたばかり。観音寺の絵図は、まさに口熊野で見つかったという点で重要。熊野信仰とつながる形で使われていたのかどうかは不明だが、地域性を示す資料」と評価。絵図が残されていた意味などを同寺や地域の歴史と合わせて検証したい考えだ。

 古文書は5点あり、この日は一枚一枚写真に収めた。作業をした坂本亮太学芸員(42)によると、系図もあったが江戸時代に書かれたものとみられるという。山本氏については今のところ史料が少なく「記録した内容を調べ、これまで知られている古文書の内容と突き合わせるなどして研究したい」と話した。


写真【山田一光住職(中央)から絵図にまつわる話を聞く県立博物館の学芸員=13日、和歌山県上富田町生馬の観音寺で】

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