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《3》古都の憂鬱

 広場の朝市。時間をかけて描いた絵が、あげく失敗してしまう。それからどうも調子がでない。

 今回のベルンは、ある雑誌の取材としての旅だった。ここまで来させてもらったからにはという気持ちが、毎時響く時計塔の音を気にさせる。

 見知らぬ街で絵が描けなくなると、とたんに心細くなる。町外れの橋の上、私は一人途方にくれていた。休暇を楽しむ観光客がのんびりした足取りで行き過ぎる午後、ひとり背中の毛を逆立て青い顔をしている。そんな自分がこっけいに思えた。

 ふとその時、橋より見下ろす家々の屋根から白い煙が立ち上りはじめた。一つ、また一つ、揺れる綿帽子が室内で過ごす家族の営みを想像させた。

 「人の気配を描いてみたい。温かい血の通う絵を」そんな思いが心に浮かび、私は再び筆をとった。

 3日間の取材も無事終わり、ホテルを後にする。くまなく歩いたその街は、次第に私の肌になじみはじめ、再び目にする異国の駅舎さえ懐かしい物に感じさせた。

 パリまでの帰路、ジュネーブ周りのスイス鉄道は食堂車がついていた。テーブルクロスのかけられた席、どこまでも続く雪原を見つめながら冷えた白ワインを傾ける。いつかあこがれたような芳醇(ほうじゅん)な時が不意に自分にやってきて、私は心地よい揺れの中、ソファに身を沈めた。



【 夕刻、残光の回廊。雪に閉ざされた古都の通りには、回廊が縦横にはり巡らされ、人々の暮らしを温かく包んでいる】

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