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《10》ナザレの日常

 その町に一歩足を踏み入れると、時の境界線に踏み込んでしまったような感覚にとらわれる。

 4月のポルトガル中部。観光客など一人も居ないひなびた通りを行く女たちは、みな同じ衣装。その様相がなんともユニークで、かわいらしい。ひざ上にひらひら広がるフレアミニスカートの上に少し丈の短いエプロンをあてがい、ハイソックス。肩にはざっくりと上半身をくるむ毛糸のショールを羽織り、頭からスカーフを頭巾風にかぶる。足元はつっかけ。

 この個性的なファッションセンスの女が判を押したように、町の辻つじに現れる。まるで白昼夢のようだ。私は古びた壁にもたれかかり、色鉛筆片手に片っ端からその姿をスケッチブックに留め始めた。よく見ると、定型のその色合わせに彼女たちのオシャレ心が光っている。

 不意に角から、黒ずくめの女性が現れた。定型ではあるがそのすべてが、黒い。後でホテルで聞いた話だが、これは夫を亡くした女性の衣装だそうだ。女たちは井戸端会議をはじめ、時にもめ合い、悩みを打ち明け、海辺の午後のひとときを過ごしている。

 夕げ時には町中が白い煙に満たされる。軒先にしちりんを置いて一斉に魚を焼くのだ。香ばしい煙の前にしゃがみ込む女たちの姿は、描くことを忘れ見とれてしまうくらい、絵になる風景。

 残念ながら、朝の漁師妻の網引きは7月のみの風物詩だそう。けれど、早朝の市場、木漏れ日のカフェテラスでたっぷりのグラスに注がれたミルクコーヒーをすする黒ずくめの老婦人の姿を、忙しく路地を闊歩(かっぽ)するカラフルなミニスカートの女たちの日常を垣間見られた、それで十分だった。


【ナザレの街角で】

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