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《11》旅をする、ということ

 4月、ポルトガル中部の漁師町。ナザレをたつのは、翌夕暮れのことだった。訪れた町に少なくとも24時間滞在する。それが旅を続ける中で、自分なりのルールとなり始めていた。町は時刻によって異なる表情を見せることがある。その土地を訪れたと言えるのは、24時間を過ごしてからだと私は思う。

 高速バスの乗り場に向かう道すがら、民家泊の客引き女性と再び出会った。昨夕、海沿いの広いアパートを借りないかと声を掛けてきた少し年上の女性だ。

 「昨日は結局どこに泊まったの?」私は海沿いの新しいホテルの名前を口にし「アイスランド噴火の影響で帰りの飛行機がどうなるか、インターネットが必要で…」。

 私の言い訳じみた口調に、彼女は大きくうなずきほほ笑んでみせた。「また今度、友達と来た時あの部屋を借りるね」「そうね。その時には連絡してね」。この町を友達と再び訪れる、そんな機会は決して巡って来ないだろう。そのことは彼女もまた、わかっている。「じゃあ、またね」私たちは昨日と同じ角で手を振り別れた。

 高台からナザレの町を見下ろすと、無数の白壁がレンガ色の屋根と交互に連なり、海岸線にびっしり張り付いて壮観な光景をつくりだしている。

 そのジオラマみたいな家々をこの目で見て、道行く人と言葉を交わしたとしても私はそこに生きる人の人生に決して触れることはないだろう。そうして、二度と訪れることのない地で、日常は続いて行く。私が私の人生を生きるのと同じように。

 異国の地を訪れ帰路につく、車窓に流れる風景は、旅の形そのもの。時間と空間の深みに生身を浸す、それが旅をする、ということ。



【ポルトガル、ナザレ。なにげない町角に目がとまる】

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