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《12》路面電車

 4月のリスボン。この町を再び訪れた理由に路面電車の存在がある。「七つの丘の街」とも呼ばれるリスボンは、海から丘の頂に向けて市街地を発達させ、とにかく坂が多い。その洋上の都市を1両編成の路面電車が走り回る。

 鮮やかな柄タイルが張り巡らされた家々の角、黄色い車体に出くわすと、思わず飛び乗ってしまいたい衝動に駆られる。そうして幾度も丘を巡るうち、意識が街の地形をつかんでゆく。

 急な路地、ベランダの洗濯物をかすめ、車体は小気味よくカーブを切る。瞬間、体が無条件に宙に振られる、その感覚が私はたまらなく好きだ。

 使い込まれた木製の車体に腰を下ろし、窓の外を見つめる。観光客が目指す展望台のある丘を抜ければ、辺りには生活のにおいが漂い始める。知らない言葉を交わす人々の日常に私は電車ごと滑り込んでゆく。

 夕暮れ時、家路につく人々の醸し出す空気は、かつて住んでいた日本の街のそれと同じように思えた。来る日も来る日も、私は路面電車に揺られ、絵を描きに出た。気になる路地を見つけては次の停車場で降り、てくてくと戻って絵の具を広げる。縦横に巡る路線を駆使し、朝から晩まで狩人のように風景を探し、電車に揺られる。

 今回は仕事で描く旅ではない。描けても、描けなくても一向に構わない。けれどこの街は私に描くことを止めさせない。

 電車に揺られながら、ふと考える。ポルトガルに移民して、路面電車の運転士になろうか。そうなりたいと願えば、きっと不可能な事など、この世にはないだろう。

 私はこの町に住み、小気味よくハンドルを切る自分を想像してみた。そんな人生もまた、悪くはない。今夜も宿近くの食堂で、生ハムと焼き魚を注文する。洋上の都市、リスボンの夜は、しっくりと更けてゆく。


【黄色い路面電車は坂の町リスボンに愛らしいアクセントを添える】

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