AGARAKiiLifeみかんKiiSearch

《17》旅の終わりに

 北フランス、ドーヴィル。旅の最後の朝は、なんとなく晴れていた。7月、バカンスの朝の時間はゆったりと流れ始めた。人けの無い広大な海岸には天蓋(てんがい)付きのパラソルが等間隔にたたまれ、しんと人々を待っている。もうすぐ大勢の人がこの海岸を埋め尽くす。つかの間の静寂は、あるいはドーヴィル本来の姿なのかもしれない。遠くを馬が駆けてゆく。波打ち際を繰り返し並んで走る2頭の馬が、風景に品格を与える。

 私は木製の遊歩道に絵の具を広げた。閉じられたパラソルのリズムをスケッチブックにとどめ終えたころ、小さな女の子を連れたアジア人と白人の男女がこちらに近づいてきた。「あ、日本人の方ですね」何をもとにそう判断したのか、彼女は私ににっこりとほほえみ絵に視線を移した。

 遠い異国の地では、日本人というだけで親しみがわくもので、私たちは以前どこかで会っていたかのようなテンポでしばしの会話を楽しんだ。「私たち家族はバカンスでこの町に来ていて、普段はパリに住んでいるの。パリでまたカフェでもしましょう」そういって彼女はメールアドレスを書いた紙をくれた。

「では、来週は?」そう言う私に彼女は明るく首を横に振った。「私たちは8月の終わりまでこの町に滞在するの」

 私はドーヴィルというリゾート地が持つ落ち着いた雰囲気の理由を知ったような気がした。フランスの夏のバカンスはゆったりと寄せる波のように、この国に生きる人々の心を培っている。

 閑散とした夏のパリに戻る列車の車窓、流れる風景に私はこの1年のフランスでの時を思った。間もなく帰国の時が近づいていた。

 私と彼女がいつかどこかで再び会う時が来るだろうか。それは、きっと来ないだろう。けれど時は巡ってゆく。すべてを包み込み流れる川が、私たちをどこに運んでゆくのか。それは、誰にも分からない。

 西日を受けた田園の風景は遠い記憶をたぐるように、永遠の時を思うように、はるか地平線へとつながっていた。 =おわり


【朝のドーヴィル海岸 】

更新)