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(710)パラオ再び

 天皇、皇后両陛下の訪問でにわかに脚光を浴びつつあるミクロネシアの島国パラオ。

 私が大学を卒業してすぐ、当時の首都コロールにある信託統治領生物学研究所(現パラオ生物学研究所)に研究員として半年間出向。以来、野生のジュゴンや固有種パラオオウムガイの調査でほぼ毎年訪れているから、パラオ訪問も50回をはるかに超えているだろう。

 激戦地ペリリュー島にも親戚付き合い?をしていたパラオ人の家族がいて、いつも自宅に泊まらせてもらっていたから、合計すると1カ月以上も居た計算になる。私の南の島でのサバイバル知識は全てペリリュー島で学んだといっても過言ではない。

 実はパラオを初めて訪ねたのは大学生の時。当時の厚生省が母校の練習船をチャーターして南洋群島遺骨収集団を派遣した際、同行調査隊の一員として参加したのだが、船上での観測が主で、上陸すると仕事がないため、遺骨収集を手伝ったのだ。確かパラオとその離島を含めて700体以上の遺骨を収集し、海できれいに洗って井桁に組んだたき火で荼毘(だび)に付したような記憶がある。

 その後、パラオに住むようになって休日のたびにペリリューへ出掛け、「勤労奉仕ダヨ」と自発的に慰霊碑の清掃などをしてくれていた現地のサクラ会の人たちと洞窟陣地などを見て回った。不発の手りゅう弾が転がり、頭蓋骨の眼窩(がんか)を突き通して木が伸びている光景は衝撃的で、今も目に焼き付いている。

 あれから40年。観光立国を目指すパラオは年々姿を変え、旧首都コロールの中心部は昔の面影を見つけるのも難しいほど。美しかった海も見た目は変わっていないが、水中はたくさんの初心者ダイバー?によってサンゴが破壊されて見る影もない。

 私の大好きな親日国パラオが、いつまでも楽園と呼ばれるままでいてほしいものだ。

 (エビとカニの水族館館長)

写真パラオのサンゴ礁に沈んでいる零戦

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