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世界遺産フォーラム 高野山で

 世界遺産を活用した街づくりを考える「第1回世界遺産フォーラム」がこのほど、高野町の高野山大学で開かれた。高野町と高野山大学が主催し、県と金剛峯寺が共催、約450人が参加した。すでに世界遺産に指定されている地区や、今後世界遺産登録を目指す地区などから代表が出席し、保存や活用策について話し合った。基調講演とパネル討論の要旨を報告する。 


パネル討論(報告要旨)

条例では守りきれない 
高野町長
後藤 太栄

 高野山が登録されるとき、聖地を遺産にするとはなにごとだという意見が寄せられた。

 私は遺産というとらえ方ではなく、受け継ぐべき物、民族の壁を超えた至宝ととらえている。世界遺産とは、物と精神性の両立であり優劣を定めるものではない。

 また、観光客の増加をもくろんでいるのではないかといわれたこともあった。たしかに観光が目的の世界遺産であってはならない。だが、観光は平和産業であり、そこからあがる資金で地元が遺産を正しく守ればいい。もし守り方を誤れば登録から外されるだけだ。

 行政の立場からいうと、世界遺産や文化的景観は条例だけでは保護できないと思う。高野町も町並み規制の条例をつくったが、高さにしても色にしても、規制ぎりぎりまで建てている。海外には建築不自由の原則がある。日本でも向こう三軒両隣の考え方で景観保全に当たってほしい。

ドームの周りも遺産
広島大学教授・広島景観審議会委員長
杉本 俊多

 原爆ドームはアウシュビッツと同じく、負の遺産。戦後、一時は撤去も検討され、遺産登録には反対も多かったが、地元市民、被爆者団体の後押しで登録に至った。

 ドームは廃虚でもあり、倒壊の恐れがあったので、必要個所を修復し保存に努めている。

 一方、商業地に隣接しており、環境の保持も問題になっている。

 登録後は、なるべく余裕のある緩衝地帯(バッファーゾーン)を設け、美観形成要綱(1995年に制定、2006年改定)によって景観を制御しようとしたが、隣接地にドームより高いビルが建てられるなどの問題が持ち上がった。

 現在は、この要綱で高さや広告の規制をしている。昨年、景観条例がつくられたので、今後は条例に基づいて景観対策を取っていく。

 緩衝地帯には平和記念公園もあり、緩衝地帯を含めて遺産として考えられるよう取り組みたい。

祈りの場を残したい
長崎の教会群を世界遺産にする会
鉄川 進

 長崎の教会群は1月23日、暫定リスト入りが決定した。

 現在、長崎周辺には日本の約1割のカトリック教会が集中しており、それには全国に11件ある国指定の重要文化財の教会のうち6件が含まれている。

 いずれも西洋の様式だが、構造は日本の土蔵などに使われる伝統建築技術で建てられている。木骨煉瓦積みで地震に弱いことから、現在は建設不可能になっている。

 多くは隠れキリシタンが禁教や迫害、弾圧の中で信仰を貫いたことを示す史跡であり、教会以外にも司教館や墓地など、関係史跡と周辺の景観保全が必要だと思う。

 史跡になっている教会の横に実用の教会を新築している所もあるが、私は祈りの場として生きた教会を残していきたいと考えている。

海岸の埋め立てで危機
NPO鞆まちづくり工房 代表理事
松居 秀子

 世界遺産候補に挙げられながら、危機にひんしているのが広島県福山市にある鞆の浦だ。

 瀬戸内海を行き来するほとんどの船が潮待ちに寄港した天然港湾で、古くは万葉集にも詠まれている。江戸時代の港湾設備をすべて残した最後の港であり、日本を訪れた朝鮮通信使も日本第一の景勝と褒めている。

 しかし、1983年、市の公共事業で、海岸の埋め立て、海上架橋計画が進められてきた。一時は住民運動で埋め立て申請を阻止させたが、埋め立てのための測量が住民の反対を押し切って1月25日に、強行された。

 架橋計画が持ち上がってから、WMFやイコモスなど国際的な文化財保護機関が現地を視察し、いずれも「橋を架けることは鞆の浦の死を意味する」と再検討を提言したが、市はことごとく無視してきた。住民の3割が参加した署名も効果がなかった。

 そのうえ、江戸・明治の住居を復活させ、当時の町を再生させる市民団体の町並み再生計画への助成金も止められてしまった。

 公共事業が文化遺産を壊そうとしている。今後は行政から離れたところで、遺産を守る仕組みが必要になってくるのではないか。誰かいい知恵を貸してほしい。

登録に向け街づくり
鎌倉市世界遺産登録推進担当
玉林 美男

 鎌倉は日本で唯一、往時の面影を残す武家の古都。日本の文化形成に大きな役割を果たした、その歴史的意義から世界遺産登録を進めている。

 現在、史跡の保存と遺産登録対象の絞り込みに取り組んでいるが、個々の史跡を含む都市として遺産登録を位置付けている。そのために、現在の都市と文化財保護の管理計画、緩衝地帯(バッファーゾーン)の設定と保全史跡保存の調整が問題になっている。

 点在する史跡や文化財を一体的に保存するため、風致地区指定と古都保存法、高さ規制のできる法律で、景観を可能な限り広範囲にコントロールし、古都の風格ある街づくりを目指している。

 いま、住民の間で協定づくりを進めており、商店街組合が高層建築の自主規制規定を設けて、景観保存への取り組みを進めている。

基調講演

地域の宝を磨いて 世界遺産と今後の発展
東京大学教授
西村幸夫

 世界遺産という仕組み作りのきっかけの一つにエジプトのアブシンベル神殿の保存がある。巨大ダムの建設で水没する遺跡の移築を、各国が政治的な対立を乗り越えて協力した。このことが示すように世界遺産には、危機が伴っている。遺産登録は保護のお墨付きではない。世界の宝として、その歴史的価値を考えなければならない。

 いま、文化遺産は記念碑のようなとらえ方からの新たな展開を見せている。これまでは、物や素材が残っていることが重要視されていた。だがいまは、復元したり、修復したりする技術が現存することなど、口承や情報の伝え方にも、文化的価値があると考えられるようになっている。

 文化的景観と、それを支える産業までを含めた地域全体の価値も重要だ。四国遍路のように信仰の道があり、巡礼を接待する地元の産業や仕組みなども、その価値に含まれるだろう。

 石見銀山では、世界遺産に登録された場合、観光客が増えることで自分たちの暮らしや街が変わってしまうのではないかと考えた住民が中心になって登録前から議論し、街づくりのルールや観光客の受け入れを考えている。

 このように、これからの世界遺産活用策を考えれば、史跡にどういう物語があるのか、どうやって守るのかを考えることが重要だ。これからの展望を考えれば、同じ性質の史跡やすでに登録された遺産に、新たな価値を見い出すことができるだろう。

解することは地域を見直すことと同じ。自分たちが地域の宝を守る力を磨けば、遺産は輝く。登録のことだけに目を取られていると、問題は片付かない。

昔の景色、そのままで

 世界遺産は歴史や文化を守るためのモデルの一つである。地域それぞれに合った守り方や取り組みがあると思う。遺産の価値を理解することは地域を見直すことと同じ。自分たちが地域の宝を守る力を磨けば、遺産は輝く。登録のことだけに目を取られていると、問題は片付かない。

 昔の景色、そのままで

美しき日本の残像として
東洋文化研究家
アレックス・カー

 日本のあちこちで進む「開発」に疑問を感じている。世界遺産登録地も例外ではない。自然や文化といかに調和させるかを考えてほしい。

 山深い村に巨大なコンクリートの橋を架けたり、世界遺産の隣に駐車場を造ったりするのは、その景観の持つ文化を壊すことにほかならない。実際、世界遺産に登録されて駐車場が増えた白川郷を危機遺産リストに入れようとする動きもある。

 高野山でも、文化、信仰の場が、けばけばしい看板や案内表示で飾られており、訪れた人をがっかりさせる。

 しかしこれは、その地域の人々の意識次第で簡単に直ること。いままであったものを守る感覚を養ってほしい。それが世界遺産になった場所に対する敬意だと思う。

 京都駅や高野山の墓地など新しく建造した物には、もとの面影が感じられないことが多い。日本では昔の景色を封印する風潮があるのだろう。

 中国や欧米では、新しい建造物にも伝統様式を取り入れたり、街なみや自然などとの調和に気を配ったりしている。日本人は、伝統を受け継ぐ意識が低くなってきているのではないか。

 とくに世界遺産登録地では、遺産自体を残せばよいというわけではない。それを取り巻く環境の維持が求められている。高さ規制や地中埋め込み式の電線などで景観に配慮した街づくりが必要だ。

 観光客や巡礼など、訪れる人が求める「日本の美しさ」に目を向けてほしい。


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