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「北郡」もっと知って 世界遺産追加に向け住民が歴史調査

 世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」への追加登録を目指す参詣道に和歌山県田辺市中辺路町の「北郡越(ほくそぎごえ)」が含まれたことから、北郡地区を多くの人に知ってもらいたいと、地元住民が歴史や史跡などの掘り起こしをしている。

 調査しているのは元高校教諭の浦地忠邦さん(70)。1年ほど前、県や市などが追加登録を目指すというニュースを見たのがきっかけ。地元でも忘れ去られようとしている北郡の成り立ちや周辺地域との関わり、地形などを再調査して後世に伝えようと、当時区長だった岡本節生さん(62)と相談しながら調べている。

 追加登録を目指している北郡越(約1・6キロ)は、田辺市鮎川から北郡の集落に入るまでのルート。

 もともと北郡越は上富田町の朝来方面や白浜町の富田方面から中辺路町の栗栖川、高原、近露を経て同市本宮町に向かう生活道の一部だったという。浦地さんは「このルートのほかにも地区には隠れた道や歴史がある」と指摘する。

 中辺路町史だけでなく、周辺の市・町史を調べ、北郡に関係する資料を集めた。さらに地元の古老らからの聞き取りなどもしており、同地区に残る遺跡の「八人塚」や「檀塔さん」などについても調べた。

 檀塔さんには、小さなほこらがあって行き倒れの「旅人」を弔っていると伝わる。昔から「旅人がおなかすかしたらあかん」と言って、1月15日に餅まき、秋にはもち米を供えて供養していたが、数年前に関係者が亡くなって営まれなくなった。ほこらの傍らには樹齢800〜千年といわれるヒノキが立ち、旅人の道しるべにもなったのだろうと推測している。地元の神社や寺院の創建よりも、檀塔さんの方が古いという。

 八人塚は1585(天正13)年にあった豊臣秀吉の紀州攻めに関わる遺跡といわれ、その時の戦死者を弔っていると伝えられている。

 浦地さんは「『北郡往来』としてまとめており、地元の人々に地区を知ってもらう資料として渡したり、機会があるごとに内容を伝えたりしている」と話している。


【「檀塔さん」の前で住民に聞き取り調査する浦地忠邦さん(左)と岡本節生さん(中央)=和歌山県田辺市中辺路町北郡で】

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