和歌山県南紀のニュース/AGARA 紀伊民報

2021年04月17日(土)

高島屋創業190周年記念展 愉快な「まち」をつくる

高島屋史料館企画展
高島屋創業190周年記念展 愉快な「まち」をつくる
〔第I部〕百貨店、誕生 
〔第II部〕百貨店と「まち」


■会 期     : 2021年3月6日(土)~6月28日(月)
          〔第I部〕3月6日(土)~4月26日(月) 
          〔第II部〕5月1日(土)~6月28日(月)
■会 場     : 高島屋史料館(大阪市浪速区 高島屋東別館3階)
■開館時間    : 午前10時~午後5時(入館は閉館30分前まで) 
■休館日     : 火・水曜日 
           ※4月29日(木・休)、30日(金)は休館
■入館料     : 無料
※本展は会期を第I部・II部に分け、展示資料を大幅に入れ替えて構成します。


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高島屋史料館はで2021年3月6日(土)から6月28日(月)まで、高島屋創業190周年記念展として『愉快な「まち」をつくる』を開催いたします。

高島屋は創業190周年を迎えました。いつの時代も「まち」と共にあゆんできた高島屋。愉快に賑やかに各時代を彩った広告宣伝物と共に、その歴史と現在の取り組みを紹介する展覧会です。

「百貨」(多種多様な商品)を扱う百貨店。日本の百貨店の起源は、江戸時代創業の呉服店にさかのぼることができます。「京呉服の高島屋」がいかにして三都に店舗を構える百貨店となったのか。明治から大正期の広告宣伝物と共にそのあゆみをたどります。
昭和初年、大阪と東京に相次いで大建築の店舗を開店した高島屋。「理想の立体的お買い物街」の誕生を宣伝し、あらゆるアイデアで「まち」を訪れる人々の楽しみを創り出し、常に新しい話題を発信し続けてきました。そして現在、さまざまなモノ・コトに出会えるワンダーランドであり続け、「まちづくり」を進めている高島屋。いま、あらためて百貨店の役割をみつめ問い直します。




第1章 三都の高島屋
1831(天保2)年に京都で創業した高島屋は、明治期に大阪、東京に相次いで支店を開きました。それは「京呉服の高島屋」から百貨を取り揃える百貨店へのあゆみでもありました。やがて大正期には、大阪・長堀橋に7階建ての大店舗を開店。名実ともに本格的な百貨店となりました。



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<手水手拭「たか新」> 明治期
高島屋の当主は、京都の神社仏閣に石灯籠や標石をたびたび寄進しました。それらは、知らず知らずのうちに「高島屋」の名を広告する宣伝効果を持ちました。特に「たか新」(高島屋新七)と染め抜いた手水手拭を奉納して、高島屋の名を宣伝するアイデアは、初代新七の娘で二代新七の妻 歌の発案であったと伝わります。

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<ジオラマ「明治中期の飯田呉服店」>
山本高樹 2013(平成25)年 木材、樹脂
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<ジオラマ「鉄筋コンクリート造の京都烏丸店」>
山本高樹 2013(平成25)年 木材、樹脂


第2章 「皆様の高島屋」 
百貨店となった高島屋が新しくモットーとして掲げた言葉は「皆様の高島屋」。創業100年を迎えた後、大阪に南海店(現:大阪店)、東京に日本橋店(現:日本橋高島屋S.C.本館)を相次いで開店しました。店を「まち」に見立て、訪れる人々がワクワクする楽しみを次々と創り出しました。


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<南海高島屋一部開店ポスター>1930(昭和5)年
大正末年、大阪市が御堂筋の拡張計画を発表。その時、南海電気鉄道株式会社が難波駅に大ビルディングを建設するという情報を得た高島屋は、その大部分を借り受けて大型店舗を建設することを決断。中央部分が完成した1930(昭和5)年12月18日に一部開店しました。呉服店発祥の百貨店としては初のターミナル百貨店(終着駅にある百貨店)が誕生しました。


第3章 高島屋の「まちづくり」 
戦後の日本。百貨店は時代を先取る生活を提案し、人々の暮らしを変えていきました。そして高島屋は、日本初の郊外型ショッピングセンター、玉川高島屋S・Cを建設。新時代の「まち」を誕生させました。それから半世紀を過ぎた現在もなお、各地で「まちづくり」を進めています。

・玉川高島屋S・C誕生
玉川高島屋S・Cは、1969(昭和44)年11月11日、東急田園都市線・二子玉川駅前に日本で初めて本格的郊外型SC(ショッピングセンター)としてオープンしました。首都圏郊外の宅地開発、マイカーブームの到来を受けて、「日本の豊かな郊外の幕開けです」をキャッチコピーに、玉川高島屋と125の専門店によりスタート。SC時代のパイオニアとして大きな注目を集めました。


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<玉川高島屋ショッピングセンター オープンチラシ>
1969(昭和44)年




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<開店当時の玉川高島屋S・C>

・日本橋高島屋S.C.誕生
昭和の時代、日本橋店は徐々に東へ東へと大きく増築していきました。1965(昭和40)年には、1区画すべてが店舗になり、ほぼ現在の本館の形となりました。2009(平成21)年には百貨店建築として初めて重要文化財に指定されました。そして、2018(平成30)年9月25日、本館(百貨店・専門店)・ウオッチメゾン(百貨店)・東館(百貨店・専門店)に、新館(専門店)を新たに加え、新・都市型ショッピングセンター「日本橋高島屋S.C.」が誕生しました。翌2019(平成31)年3月5日には、本館の改装を終えてグランドオープン。4館体制の「まち」として新しく生まれ変わりました。

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<2019(平成31)年にグランドオープンした日本橋高島屋S.C.>
新・都市型ショッピングセンター


当館アーカイヴス展示室:本展関連展示のご案内
「催し物の高島屋」で開催した戦前・戦後の催事ポスターを展示。とくに戦後は、元高島屋宣伝部員が選んだ近年の記憶・記録に残る高島屋ならではの催事ポスターを展示します。また、明治・大正・昭和期の高島屋PR誌『新衣裳』『百華新聞』を特集展示。あわせて、高島屋の広告宣伝を手がけるグラフィックデザイナーの創作ノートを展示します。

https://www.takashimaya.co.jp/shiryokan/



本件に関するお問合わせ先
06(6632)9102


プレスリリース詳細へ https://user.pr-automation.jp/r/45688
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