和歌山県南紀のニュース/AGARA 紀伊民報

2019年08月25日(日)

「青海波」

 日本人の好きな語呂合わせで、7月3日は「波」の日。海に感謝しながら、自然環境を理解する日とあって、南紀の人にはぴったりだ▼扇状の波の重なりをかたどった文様に青海波(せいがいは)がある。同心円の弧を規則的に並べたものだが、若い人ならWi|Fiのマークと言った方が分かりやすいかもしれない。この青海波と南紀には意外な関係がある▼この文様の発祥は古代ペルシャで、シルクロードを経て飛鳥時代に日本に伝わったらしい。雅楽の青海波を舞う舞人が、この文様をあしらった装束を身に着けた。『源氏物語』にも優雅に舞う光源氏が描かれている▼平清盛の嫡孫、平維盛が後白河法皇の祝賀の宴で、烏帽子(えぼし)に桜と梅の枝を刺して青海波を舞った。その姿のあでやかさから「桜梅少将」と呼ばれた。また輝くばかりの美貌は、光源氏にも例えられたという▼だが源平合戦で維盛の運命は暗転する。敗れた維盛は、高野山と熊野三山に参拝した後、那智の沖の山成島で入水自殺したと『平家物語』は伝える。諸行無常、盛者必衰の人の世を実証したような波乱に満ちた生涯だった▼その維盛の供養塔が那智勝浦町の補陀洛山寺の裏山にある。この寺は仏僧が生きたまま浄土を目指して、くぎ付けされた小舟で船出した補陀洛渡海の舞台でもあった▼このように青海波で結び付いた歴史の断面をたどれるのも、熊野ならではの豊かさであろうか。(倫)