和歌山県南紀のニュース/AGARA 紀伊民報

2019年12月16日(月)

「ペット嫌い」

 昨日の当欄で、「倫」氏がペットに寄せる切ない気持ちを吐露していた▼これまでに飼育した3匹の犬との別れ、余生はペットと共に静かに送りたいというひそかな夢。それを語る言葉には力があり、大いに共感した。しかし、僕にとっては「世の中には2種類の人間がいる。それはペット大好き人間と、それを大の苦手とする人間である」という従来の考え方を再確認する機会でもあった▼僕はペットが苦手である。猫が家の中を遠慮なく歩き回るのは耐えられないし、道端で犬に出合うだけでも背中がぞくぞくしてくる。先日も散歩の途中、おじいさんと幼い孫娘が連れている犬にじゃれつかれ、進退窮まった▼子どもの頃、よく遊びに行った祖父母の家には犬も猫もいた。一時はカラスも飼っていた。わが家でも、捨てられた子犬を弟が拾ってきて飼っていた。しかし、それらはみんな苦手で手を触れたこともない▼牛やニワトリの世話は、小学生の頃から喜んでしていた。高校生になると朝、乳牛の乳を搾り、出荷してから登校した。「牛飼が歌よむ時に世の中の新しき歌大いにおこる」という伊藤左千夫の歌に感動したのもその頃だ。牛飼いは家業の一つ、愛玩動物とは意味が違うという自負があったのだろう▼動物への接し方は百人百様。互いの主張に耳を傾け、違いを認めた上で譲り合う。そのようにして社会生活は成り立つ。民主主義の仕組みとそっくりだ。(石)