和歌山県南紀のニュース/AGARA 紀伊民報

2019年10月16日(水)

節目の年 田辺祭 継承へ新たな知恵を

 町衆の祭りとして伝えられてきた闘雞神社の例大祭「田辺祭」は24日が宵宮、25日が本祭。笠鉾(かさほこ)や衣笠(きぬがさ)がお囃子(はやし)とともに市街地を練り、24日の夜は旧会津橋で笠鉾や衣笠の引きそろえ。その明かりが会津川に幻想的な光景を写し出し、まちは熱気に包まれる。

 今年は闘雞神社の創建1600年。神社に伝わる「神輿渡御列帳」の記述を基に数えると、田辺祭は460回の節目に当たる。官民でつくる「記念事業推進協議会」(榎本長治会長)は23日までの5日間、神社の境内と参道を100基の灯籠で彩るイベントを開催。祭りの機運を高めている。

 宵宮の24日夜には「花火で彩る田辺祭実行委員会」が旧会津橋の引きそろえに合わせ、65発の花火を打ち上げる。笠鉾の幻想的な光景をさらに花火で彩ろうという試みだ。

 こうした催しの裏には、田辺祭を支える14の氏子町ごとの入念な準備がある。各町は祭りの1カ月前に開催する初寄り合いを皮切りにお囃子の稽古、笠鉾に飾る人形の面の引き渡し、稚児祓い、笠鉾の組み立てと引き初めなど、全ての準備を進めてきた。

 祭りの当日には、14の氏子町が笠鉾8基、衣笠2基、馬などを繰り出す「笠鉾巡行」もあり、衣笠の「住矢」を先頭に、笠鉾と衣笠が市街地を巡る。

 25日早朝には「暁の祭典」と呼ばれる神事で舞姫が舞い、祭りの最後には、流鏑馬(やぶさめ)から破魔矢を放って厄を封じ、鎮める行事もある。

 市街地では最大のこの祭りには毎年、多くの氏子が関わってきた。14町内会が1人ずつ選出する「神社総代会」の会長を今年から務める高田英雄さん(81)=田辺市福路町=もその一人。ざっと70年近い付き合いで「子どもの頃から田辺祭が大好きで、お笠の後ろをついて回った」。当時は各地区とも子どもが多く、稚児役に選ばれるのが難しかったという。

 ところが子どもが減り、20年ほど前からは太鼓や笛を演奏する男子の稚児6人を集めるのが難しくなった。なんとかそろえようと住民を説得、女子も参加できる道を開いた。「祭りに寄せる気持ちはみな同じ。でも、継続は難しい。折々の変革も必要」という。

 氏子町はいま、どこも人口減少や高齢化、後継者不足といった課題を抱えている。

 世帯数が減れば、笠鉾を維持する1戸当たりの負担も増える。そこで福路町では祭典運営細則をまとめた。稚児の選出、みこしの警護、笠の内、お宿の運営などをつつがなく行うための規則集だ。そこには祭りを継続していくための知恵がぎっしり詰まっている。

 田辺祭の取材を通じて見えてきたのは職業や年代が異なっても、担い手たちの持つそうした思いの深さだ。そこに光を当て、地域を挙げて祭りを支えよう。歴史と伝統が支えてきた町衆の祭りを次代に引き継ぐためにも、新たな知恵を絞り、共有したい。 (Y)