和歌山県南紀のニュース/AGARA 紀伊民報

2019年11月13日(水)

武器や道具が多数発掘 上富田の龍松山城跡

龍松山城跡から出土した遺物。(下段左から)鉄砲の鉛弾、白磁の皿、銅銭、(中段左から)きせるの吸い口、武具の飾り、(上段左から)土師器の皿、青磁のおわん
龍松山城跡から出土した遺物。(下段左から)鉄砲の鉛弾、白磁の皿、銅銭、(中段左から)きせるの吸い口、武具の飾り、(上段左から)土師器の皿、青磁のおわん
 中世に和歌山県紀南地方で勢力を伸ばした領主、山本氏の上富田町市ノ瀬にある山城の「龍松山城跡」で、武器や武具、生活道具などの遺物が出土した。調査に当たった専門家は、数や種類の多さに驚き「生活の場だったことや豊かな暮らしなど、さまざまなことが分かる」と価値を語った。町教育委員会は15日午後1時半から、現地で説明会を開く。

 町教委が県教育委員会文化遺産課の協力で、7月2日から発掘調査をしていた。昨年には対岸にある居城の「坂本付城跡」を調査した。初めての発掘調査で、出土した遺物は武器などの金属類が約150点、土器などの破片は数千点に及ぶという。

 龍松山城跡は春日神社裏手の山頂(標高約120メートル)にある。一の曲輪と二の曲輪に分かれ、二の曲輪は南北約250メートル、東西約180メートルに広がり、紀南の城跡では最大。今回、高い方の一の曲輪の南側で約93平方メートルにわたり、約40センチの深さで発掘した。

 出土したのは、火縄銃の弾や矢尻、投弾、甲の小札などの武器・武具▽きせるの吸い口や碁石、茶臼、青磁わん、信楽焼つぼなどの娯楽用具▽土師(はじ)器や備前焼の皿、土鍋、かめ、つぼなどの生活道具。火縄銃の弾は直径1・2センチの鉛製で、丸いままの使う前と変形した使った後のものが見つかっている。中国から輸入した高級品の青磁や白磁もあった。酸化した米や銅銭も出土した。

 調査に当たった県教委文化遺産課の田中元浩副主査は「出土品を見ると、ここを生活の場として使っていたのが分かる。京都の武家や貴族と関わりを持っていたと考えられ、豊かな生活が見て取れる。一方で城で戦があったことも分かる」と話す。

【山本氏】
 室町幕府の奉公衆(将軍直属の御家人)を務めた紀南地方の領主。羽柴秀吉の紀州攻めに対し、徹底抗戦したことで知られる。