和歌山県南紀のニュース/AGARA 紀伊民報

2019年11月14日(木)

米津玄師に見る現代の“カリスマの条件”、マスとコアを行き来する絶妙なバランス感覚

ロングヒット続く米津玄師のデジタルシングル「馬と鹿」
ロングヒット続く米津玄師のデジタルシングル「馬と鹿」
 ラグビーW杯が盛り上がるなか、ドラマ『ノーサイド・ゲーム』(TBS系)主題歌だった米津玄師の「馬と鹿」が絶好調だ。「Lemon」ロングセールスに始まり、昨年末の『NHK紅白歌合戦』出演、今回のヒットなど、話題に事欠かない米津。楽曲のパワーはもちろんだが、米津自身がすでに現代のカリスマと化しているように思える。その存在感は、どこか昭和の音楽界のカリスマ・吉田拓郎を彷彿させる。二人の共通点と、時代を経ても通じるカリスマの条件とは?

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■本年度DL数1位2位独占、フォロワー数は200万人を突破

 「オリコン週間デジタルシングル(単曲)ランキング」(10/14付)で、米津玄師「馬と鹿」が8週連続の1位を獲得。「2019年度の累積DL(ダウンロード)数」で「Lemon」に次ぐ2位となり、米津作品が1位、2位を独占する形となった。また、『NHK 2020応援ソングプロジェクト』の一環として米津が作詞・作曲・プロデュースを手掛けた、小中学生ユニットFoorinの「パプリカ」のミュージックビデオは、YouTubeで1億2960万回再生(19年10月現在。ちなみに「Lemon」は約4.7億回再生)。彼の音楽は確実に、幅広い世代にまで浸透を続けている。

 一方、公式Twitterのフォロワーは200万人を突破し、もともとニコニコ動画出身の彼だけにネットとの親和性も高い。彼のファッションや髪形に影響を受ける若者も増え、テレビ番組で“米津系男子”が紹介されることもあった。音楽ばかりか、その存在までがリスペクトされるとあらば、米津はもはや、現代のミュージックシーンにおけるカリスマと化しているのではなかろうか。

■昭和のカリスマ・吉田拓郎との共通点、「本流」以外からのスタート

 ひと口に「カリスマ」と言っても、イメージは人それぞれ。その中にあっても、誰もが納得するカリスマ的アーティストと言えば、吉田拓郎、矢沢永吉、松任谷由実、長渕剛、桑田佳祐、尾崎豊、安室奈美恵、浜崎あゆみ、宇多田ヒカル…といったところだろうか。とりわけ、日本にフォークミュージックを広めた立役者でもある吉田拓郎と米津玄師には、昭和と平成~令和という時代の違いこそあるものの、数々の共通点を見ることができる。

 1つ目は、スタート地点が「本流」ではないこと。吉田拓郎のデビューはエレックレコードというインディーズ(当時はマイナーレコードと呼称されていた)からのリリースであり、米津玄師は動画配信サイトへの投稿から注目されるようになった。いうなれば、メジャーレコード会社や音楽コンテストなどのメインストリームに背を向けたところから“のし上がってきた”存在だということだろう。

■ほとんどテレビに出ない、メディア露出の少なさで“神格化”

 2つ目に、マスメディアの代表格である「テレビ」との距離を置いたこと。70年代、多くのミュージシャンがテレビの音楽番組への出演を拒否するという現象が続発したが、その原点が吉田拓郎だった。米津玄師もまた、新作のプロモーションにテレビ番組を利用することはほとんどなく、昨年末の『NHK紅白歌合戦』への出演で彼に初めて触れた人も少なくなかったはずだ。それだけに、彼らがメディアに顔を出すこと自体が“事件”であり、その存在をさらに“神格化”させるファクターとなっていた。

■屈指のメロディメーカー、提供楽曲でも幅広い支持

 3つ目として挙げられるのが、両者とも前例のない屈指の「メロディメーカー」であるということ。吉田は音符に忠実に歌詞を当てはめるという、それまでの“王道”を覆し、字余りや字足らずを散りばめた画期的な曲調でまったく新しい音の世界を創り上げた。米津も(影響を受けたサウンドはあるだろうが)型にはまらないサウンド構築と、言葉遊びも内包したリリックの融合で、前例のないスタイルを生み出した。しかもそれらは、コアな音楽ファンだけでなく、大衆からも支持されている。

 さらに、自身の作品のみならず、吉田の場合は森進一の「襟裳岬」やキャンディーズの「やさしい悪魔」、米津は前出の「パプリカ」やDAOKOとの「打上花火」、菅田将暉に提供した「まちがいさがし」など、多彩なジャンルへ楽曲を送り出すことで、幅広い世代からの支持を得ることにも成功を収めてきた。

■マスメディアと一線を引きながら、ラジオとSNSで大衆とつながるバランスコントロール

 4つ目に、自身のメッセージを送り出す場について、吉田ならラジオ、米津ならSNSという「ホームグラウンド」をしっかりと持ち、そこを軸に自身の主張やライフスタイルをアピールしてきたことも大きい。マスメディアとは一線を引きながらも、自分の“居場所”を通して大衆とつながる術も確保してきたことにより、結果、吉田も米津もそれぞれのライフスタイルを支持する熱狂的なファンを拡大させていった。そのバランスコントロールの妙も彼らの共通点だ。70年代に拓郎のように髪の毛を肩まで伸ばす若者が続出したように、米津のヘアスタイルやファッションに憧れる同世代は今や後を絶たない。

 音楽評論家の富澤一誠氏は、「吉田拓郎をはじめとする昔のフォークシンガーはテレビ出演を拒否して、ライブ、ラジオ、活字でファンを広げていった。米津玄師はさらに、既存のメディアではなく、動画配信サイトを活用するスタイルをとった。作詞・作曲をして自分で歌い、配信もやり、ビジュアル的なプロデュースまで自分でやってしまう。その意味ではニュータイプのアーティストのようにも見えるが、80年代・90年代のロックやポップスのサウンド志向・リズム志向とは反対に歌詞がよく聞こえてくる。その意味では、70年代のフォークシーンに吉田拓郎や井上陽水が出てきた時のような、シンガー・ソングライターの“本流”にあるアーティストだと思う」と分析する。

 吉田拓郎は「自分たちの手で作品を送り出したい」とし、ミュージシャンによるレコード会社フォーライフ・レコード(現・フォーライフミュージックエンタテイメント)を設立した。米津玄師はメジャーレーベルに所属してはいるものの、自らのレーベルREISSUE RECORDSの中で制約や束縛に流されることなく創作に励んでいる。そこには「自分がやりたい音楽をやる」という信念が存在している。

■マスとコア、それぞれに訴えかけてこそのカリスマ

 エンタテインメント黎明期であった昭和と、楽しみ方が細分化した現在。まったく異なる時代背景でも、共通するカリスマの条件とは何か? それは、マスとコアそれぞれに訴えかけ、時代をけん引することだろう。大衆に響き、ファンに熱狂的に求められてこそのカリスマである。

 多くの人が吉田拓郎を「J-POPの原点」だと評す。それまでの“慣例”に抗い、独自のスタイルをしっかりと保持し、新しい音楽を築き上げ、そこから次世代のカルチャーを生み出していった功績は、日本の音楽界を振り返れば明らかである。

 「J-POPを作りたい」と言った米津玄師は、もはや一つのジャンルで説明できるアーティストではなくなりつつある。吉田拓郎が、フォーク云々ではなく「吉田拓郎」という名称ですべてを表現できたように、米津玄師もまた「米津玄師」という唯一無二の音楽表現の使者としての道を突き進んでいくことだろう。

(文:田井裕規)

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