和歌山県南紀のニュース/AGARA 紀伊民報

2020年07月12日(日)

熊野古道 息づく伝承を訪ねて(1)赤ちゃん守った聖域/乳岩(田辺市中辺路町栗栖川)

生まれたばかりの赤ちゃんを守ったとされる乳岩(田辺市中辺路町栗栖川で)
生まれたばかりの赤ちゃんを守ったとされる乳岩(田辺市中辺路町栗栖川で)
乳岩地図
乳岩地図
 熊野三山に通じる信仰と歴史の道「熊野古道」には、いくつもの伝承や伝説が今も語り継がれている。それらが信仰の道、歴史の道に奥行きをつくり、この地を訪れた人々を引き付けている。世界遺産登録15周年の節目に、代表的な伝承の残る地を巡り、6回に分けて紹介する。

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 田辺市中辺路町の滝尻王子は熊野三山の聖域の始まりとされる。11月の3連休、大きなリュックを担いだ観光客が次々と訪れ、ここから熊野古道中辺路を歩き始めた。

 付近の古道沿いには信仰の対象となる大きな磐座(いわくら)が点在している。その一つ「胎内くぐり」と名付けられた岩を過ぎると、その上方に「乳岩(ちちいわ)」と呼ばれる岩屋がある。

 紀伊続風土記は、平安末期の武将、奥州平泉の藤原秀衡が妻と熊野詣でに来た際、妻が急に産気づき、乳岩で出産したと伝える。

 この伝承にはさらに続きがある。安産だったが、赤子を連れて熊野詣ではできない。その夜、夢枕に立った熊野権現のお告げにより、乳岩に赤子を残して秀衡夫妻は旅を続けた。子は山のオオカミに守られ、岩からしたたり落ちる乳を飲んで、両親が帰ってくるまで無事に育ったという。

 これに感激した秀衡は熊野権現の霊験に感謝し、滝尻の境内に七堂伽藍(がらん)を造営して経典や刀などの宝物を奉納したと伝えられる。

 滝尻王子前で茶屋を営む並木真弓さんは「ここに赤ちゃんを置いていくなんて現代の常識では考えられないけど、こういう話が生まれる特別な聖地であることはよく伝わっている」と話す。

 出産は死と同じく不浄なものとされていた時代。「熊野の神は出産の不浄なんて気にしない」と中央と異なる価値観を有していたことを物語る伝承でもある。

 乳岩以外にも見どころの多い滝尻王子だが、並木さんは「パンフレットにある大門坂の写真などをイメージして来ると大変。急な上り坂が待っています。SNS用に岩屋の写真だけ撮ろうと軽い気持ちで上っていく観光客もいますが、帰ってきたら汗だくですよ」と笑った。 (喜田義人)