和歌山県南紀のニュース/AGARA 紀伊民報

2022年05月26日(木)

八丈島で漁師救助 明治の海難を紙芝居に

明治期にあった紀州の漁師の海難事故を紙芝居にした小池泰さん(田辺市中屋敷町で)
明治期にあった紀州の漁師の海難事故を紙芝居にした小池泰さん(田辺市中屋敷町で)
 田辺市中屋敷町の小池泰さん(61)が、明治期にあった紀州の漁師の海難事故を紙芝居にした。伊豆諸島まで漂流し、210人が八丈島(東京都)の島民に助けてもらった出来事を「今の人たちも感謝の気持ちを持ち、思いやりの心を育んでもらいたい」との思いを込めて描いた。近く市内の小学校で上演するほか、八丈島でも披露したいという。


 助けてくれたことに感謝を表そうと、紀南の住民有志らが2018年10月、八丈島に「感謝の碑」を建立した。その一人から「遭難の出来事を多くの人に知ってもらい、後世にも伝えたい」と小池さんに紙芝居にしてもらうよう依頼があった。

 小池さんは、看板製作業だった経験から15年ほど前から紙芝居を自作して上演している。今回、住民有志が作成した碑建立の記念誌や市教委学校教育課の上木原浩之さん(40)が作った教材を基に紙芝居を制作した。会員や児童文学に詳しい人の助言も参考にした。

 四つ切りサイズの画用紙計15枚に水彩で描いた。題名は記念誌と同じ「なさけの島をわすれるな!」。遭難から救護までの物語で、村長の「困った時はお互いさま」という言葉が印象的。最後に、中学生が登場し「僕のおじいちゃんのおじいさんが八丈の人に助けてもらったから今の自分がある。その恩を忘れないでおこう。僕も八丈の人に見習って周りの人に親切にしようと思う」と締めくくっている。

 22日に、遭難者が多かった地区が校区にある田辺第三小学校(田辺市上の山2丁目)で上演する。2月3日には住民有志と一緒に八丈島を訪れ、碑に参るとともに、島民に披露したいという。中屋敷町の敬老会でも上映するほか、機会があればさまざまな場所で続けたいという。

 小池さんは「情けは人のためならず。いずれ巡り巡って自分に恩恵が返ってくるのだから、誰にでも親切にせよ、という思いを子どもたちに伝えられればと思う」と話している。

住民有志と交流
八丈町の議員、田辺へ


 八丈町(東京都)の議員6人が21、22日、田辺市を訪れ、八丈島に「感謝の碑」を建てた住民有志と交流したり、小池泰さんの紙芝居を見たりする。

 市のまちづくりや歴史民俗資料館の運営などを視察する予定で、その一環で交流もする。

 議員は21日、遭難で亡くなった漁師の慰霊碑が立つ田辺市古尾の龍泉寺や西方寺、浄恩寺に参り、夜には住民有志や市の関係者らと懇談する。22日には田辺第三小学校を訪れ、小池さんの紙芝居を児童と一緒に見る。

 八丈町議会の奥山幸子議長(70)は「碑の建立には感激した。ぜひお礼をと思って訪れる。これからも交流が深まればと思う」と話し、碑の建立の際に結成していた「八丈島に『感謝の碑』を建てる会」で会長を務めた恵中美蔵さん(69)=田辺市江川=は「一昨年秋に会って以来で、再会するのが楽しみ。今後さらに交流が発展し、先人の受けた恩を少しでも返すことができればと思う」と話している。

遭難事故

 1892(明治25)年12月、由良町から新宮市まで16の漁村から漁師749人が六十数隻の漁船に乗り、サンマ漁に出漁。那智勝浦町沖で遭難し、229人が死亡したり行方不明になったりしたが、520人が助かった。そのうち210人が八丈島に流れ着き、島民に助けられた。