ひょうに負けない! アイデア凝らし消費者へ、和歌山・みなべの梅加工業者
アイデアでピンチを乗り越えよう―。梅産地・和歌山県みなべ町で、ひょうで傷の付いた梅の売り方を工夫して消費者に届けようと、アイデアを凝らした梅干しや梅商品を販売する加工業者が出てきている。
同町や田辺市では4月に広範囲でひょうが降り、多くの梅の実に傷が付く被害が出た。昨年は凶作といわれるほどの不作に加えてひょう害があり、産地は2年連続で苦しい状況に置かれている。
■幸運が舞い込むかも? 「マルヤマ食品」
みなべ町西本庄の「マルヤマ食品」(丸山剛史社長)は、ひょうの当たった梅を原料にした梅干しを「的中梅(てきちゅううめ)」と名付け「ひょうが命中した縁起物」として販売している。「運試しに」と、購入者を対象に温泉宿の宿泊券や名産品などの抽選企画をし、楽しんでもらえるように工夫も凝らす。昨年の歳暮から取り扱っており、平年並みに売れているという。
同社は「ひょうによる傷は自然のものであり、農家が一生懸命作っている梅に変わりはない。ひょう害に策を打つのが加工業者の務めだと思う。地域が長年築き上げてきた『南高梅』のブランドを大切にし、梅産地を支えるためにも、価値を付けて売っていきたい。消費者の価値観も変わってきており、買って応援しようと思ってくれる人が多いように感じる」と話す。
同社ではまた、紀州産南高梅の梅肉を薄く広げて天日乾燥したシート状の商品を、看板商品に育てている。いったん梅肉にするため、破れや傷のある梅の用途を広げることにつながっているという。
■南部高校とコラボも 「南紀梅干」
みなべ町晩稲の「南紀梅干」(細川覚栄社長)は「雨にも負けず、風にも負けず 春の雹(ひょう)にもまけぬ そういう梅で私はありたい」をキャッチコピーに、今月から「まけん梅(ばい)」と名付けた梅干しの販売を始めた。
ひょう害だけでなく、毎年、ある一定量は傷などがある梅は生じるもの。かける手間も愛情も、他の梅と何ら変わりないそうした梅たちへの思いを消費者に伝えたいと、昨年の凶作とひょう害から、社員で話し合って考え出した商品名だ。
ひょう害だけでなく、夏の暑さや受験応援、頑張ったあなたに「まけん梅」と、さまざまな売り方を考えていきたいという。
また今後、この「まけん梅」を使って、南部高校(みなべ町芝)とともに地域を盛り上げようと、商品開発やコラボ企画などにも取り組んでいく予定。
同社は「見た目に傷や、皮の硬い部分があるかもしれないけれど、それは自然と闘い、力強く育ったからで、どんな状況でも大切に育て上げた証しだと思っている。こうした梅たちをきちんと売っていきたい」と話している。
同町や田辺市では4月に広範囲でひょうが降り、多くの梅の実に傷が付く被害が出た。昨年は凶作といわれるほどの不作に加えてひょう害があり、産地は2年連続で苦しい状況に置かれている。
■幸運が舞い込むかも? 「マルヤマ食品」
みなべ町西本庄の「マルヤマ食品」(丸山剛史社長)は、ひょうの当たった梅を原料にした梅干しを「的中梅(てきちゅううめ)」と名付け「ひょうが命中した縁起物」として販売している。「運試しに」と、購入者を対象に温泉宿の宿泊券や名産品などの抽選企画をし、楽しんでもらえるように工夫も凝らす。昨年の歳暮から取り扱っており、平年並みに売れているという。
同社は「ひょうによる傷は自然のものであり、農家が一生懸命作っている梅に変わりはない。ひょう害に策を打つのが加工業者の務めだと思う。地域が長年築き上げてきた『南高梅』のブランドを大切にし、梅産地を支えるためにも、価値を付けて売っていきたい。消費者の価値観も変わってきており、買って応援しようと思ってくれる人が多いように感じる」と話す。
同社ではまた、紀州産南高梅の梅肉を薄く広げて天日乾燥したシート状の商品を、看板商品に育てている。いったん梅肉にするため、破れや傷のある梅の用途を広げることにつながっているという。
■南部高校とコラボも 「南紀梅干」
みなべ町晩稲の「南紀梅干」(細川覚栄社長)は「雨にも負けず、風にも負けず 春の雹(ひょう)にもまけぬ そういう梅で私はありたい」をキャッチコピーに、今月から「まけん梅(ばい)」と名付けた梅干しの販売を始めた。
ひょう害だけでなく、毎年、ある一定量は傷などがある梅は生じるもの。かける手間も愛情も、他の梅と何ら変わりないそうした梅たちへの思いを消費者に伝えたいと、昨年の凶作とひょう害から、社員で話し合って考え出した商品名だ。
ひょう害だけでなく、夏の暑さや受験応援、頑張ったあなたに「まけん梅」と、さまざまな売り方を考えていきたいという。
また今後、この「まけん梅」を使って、南部高校(みなべ町芝)とともに地域を盛り上げようと、商品開発やコラボ企画などにも取り組んでいく予定。
同社は「見た目に傷や、皮の硬い部分があるかもしれないけれど、それは自然と闘い、力強く育ったからで、どんな状況でも大切に育て上げた証しだと思っている。こうした梅たちをきちんと売っていきたい」と話している。





