和歌山県南紀のニュース/AGARA 紀伊民報

2019年11月13日(水)

「座の楽しみ」

 自分もその場に居合わせ、筆者とともに楽しんでいるような気持ちになれる本がたまにある。『歌仙はすごい』(中公新書)がそんな一冊だった▼著者は印南町出身の作家、辻原登さん、歌人の永田和宏さん、俳人の長谷川櫂さん。この3人を中心に気心の知れた参加者が足掛け8年、8回にわたって仕上げた36句ずつの歌仙と、その場の雰囲気を再現している▼気心の知れた才人同士。小説、短歌、俳句とそれぞれ専門は異なるが、表現者として独自の境地を切り開いている3人が、その鋭い感覚を発揮して次々と俳句を作り、7・7の付け句を連ねていく。時には思わぬ言葉から場面が急転。そこからまた新たな世界が広がっていく▼その呼吸。当意即妙のやりとり。時には酒を酌み交わし、あるいは座を外して考えを巡らす。そういう様子も克明に記されている。読んでいるこちらもその場に居合わせているような気分に浸れる▼これを座の効用というのだろう。一人で苦吟するのではなく、場の雰囲気に乗って発想を広げていく。友人ならではの厳しい批評もあれば、愛情のこもった助言もある▼振り返れば、僕の子ども時代には、そういう場がいくつもあった。行者講や伊勢講などの宗教的な集まりから道普請や用水路の整備…。それらは、一方で人々が地域の自治を学び、実践する場でもあった▼そういう座の効用に、もっと光を当ててもよいのではなかろうか。(石)