和歌山県南紀のニュース/AGARA 紀伊民報

2019年08月23日(金)

「永六輔語録」

 「もしや知人では」という思いで本紙の死亡広告に目が行く。「葬儀は近親者で済ませました」という場合が多いが、世間には孤独死も結構ある。「個」の時代は一面「孤」の時代でもある▼永六輔の『二度目の大往生』(岩波新書)を読んだ。前著の『大往生』が大ヒットしたので「二匹目のどじょう」を狙ったのだろう。老年について集めた世間の声が面白かった▼「元気に米寿の祝いができたのも、医者の言うことを無視したから。健康じゃない医者がいるのも心強い」。お医者さんにも言い分がある。「患者の半分が薬局の薬飲んで寝てれば治るのに、病院に来るから混む」▼「人間、息を引き取っても耳はしばらく聞こえる。通夜で死人の悪口は禁物」。一方、お坊さんに対しては「お経をあげる坊主にいいたい。聞く身にもなれよ。お経がへたなら笑わせてくれ」。そう言えば歌人、斎藤茂吉の随筆に、通夜の席で眠気防止にわい談で盛り上がる話があった。昔の通夜風景は多彩だった▼六輔の本には「天国や極楽はすぐ飽きる。地獄は退屈しないのでは」という一文もある。でも地獄はきつい。芥川龍之介の『蜘蛛(くも)の糸』では、地獄から何とかはい上がってきた悪党が、寸前でお釈迦(しゃか)さまに糸を切られて地獄へ逆戻りする。結構、無慈悲な話だ▼私は結局「あの世もこの世もない。人間は遺伝子で未来へ連なる」という六輔説に納得する。(倫)

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