和歌山県南紀のニュース/AGARA 紀伊民報

2019年07月18日(木)

「シイの花」

 サクラが散るのを待ちかねたように、シイの花が咲き誇っている。花は黄色。近づいてみると5センチから10センチの房が密集しており、独特の風情がある▼カシやトチの実は、食用にするには入念な渋抜きが欠かせないが、シイの仲間はその必要がなく、そのままいったり、砕いて粉にしたりして食べることもできる。昭和の末年頃までは、紀南各地で子どものおやつとして重宝された▼しかし、独特の甘酸っぱい匂いは強烈だ。田辺の市街地近くでも、愛宕山周辺や紀南病院付近の雑木林に多く、どこにいてもこの匂いがついて回る。とりわけ夜間、人間の活動が静かになり、大気が落ち着いたときにはより匂いが強く感じられる▼それが苦手で外に出るのが苦になる、ちょっとした買い物にも車が不可欠という人もいる。けれども、僕は嫌いではない。クリやクチナシの花にも通じる匂いで、匂いを通じて自然の豊かさが感じられるからだ▼植物の繁殖戦略を研究している多田多恵子さんは『したたかな植物たち』(ちくま文庫)で、ドクダミを例に挙げ「匂い物質にも大事な意味がある。実験的に抽出して調べてみると、細菌やカビの増殖を抑える働きがある」「多くの植物が匂い物質を介在して、情報交換をしている可能性がある」と書いている▼人間にとっては好き嫌いの問題かもしれないが、植物にとっては生存をかけた匂いともいえよう。世界は不思議に満ちている。(石)