和歌山県南紀のニュース/AGARA 紀伊民報

2020年07月14日(火)

青年よ、古道を歩け!!~新人記者の熊野詣で~(1)/通勤の道も古道の一部

梅畑の中にある万呂王子跡(田辺市上万呂で)
梅畑の中にある万呂王子跡(田辺市上万呂で)
八上王子まで地図
八上王子まで地図
青年よ、古道を歩け!!~新人記者の熊野詣で~
青年よ、古道を歩け!!~新人記者の熊野詣で~
 田辺市に生まれ育ったが、これまで熊野古道のことはほとんど知らなかった。歩いたこともなかった。せっかく地元の新聞社に就職できたのにこれではまずい。一度歩いてみたいと先輩に相談すると、「歩いてみると何かが見えてくる」と言われた。そこで、初心者でも歩けるコースを中心に、初の古道歩きに挑戦した。 (この連載は中能梨子が担当します)


 古道歩きの第一歩は、田辺市東陽の闘雞神社から。世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」に登録されており、熊野古道中辺路・大辺路の「玄関口」といわれている。昨年創建1600年を迎えた。

 私が目指すのは中辺路ルートだが、まずは地元の神社にお参りし、これから始まる旅の無事を祈願した。

 5分ほど歩いて、JR紀伊田辺駅に隣接する田辺市観光センターへ。ここで中辺路について簡単な説明を聞く。初日の目的地は上富田町岡の八上王子だが、田辺駅から熊野古道を歩く人は少ない。市街地を通るので道順が分かりにくいという。

 とりあえず歩いてみよう。ゆっくりと田辺の街を観察する。普段、車や自転車では通ることのない道を歩くと、レトロな風景が広がった。

 まずは高山寺に立ち寄り、そこから秋津王子を目指す。なんとルートは、紀伊民報の前を通る。私が通勤で通る道も熊野古道の一部ということを初めて知った。

 秋津王子の碑は会社から300メートルほどの場所にあった。石碑は意外と小さく、気付きにくい。車なら見逃していただろう。そこから県が発行している熊野古道マップの案内に従って須佐神社を目指す。

 左会津川の土手を歩き天王池の堤が見えてくると、中万呂の須佐神社。日陰が多くて涼しい。マスクを外して一息入れる。口周りがすっと開放される。汗ばむ陽気で少し歩き疲れていたので、神社の森が癒やしになる。

 昼食を取る休憩所を探しながら歩くと熊野橋に着いた。道標は橋の先にある。どうやら古道ではない道から来たらしい。「万呂からは古道がどれか分かりにくい」と観光センターの人が言っていたのを思い出した。

 近くにあるはずの万呂王子も見当たらない。地図ではこの周辺だがどこにもない。近所の人に尋ねてみると、梅畑の中だというので、中へ入ると「万呂王子跡」と書かれた柱があった。梅の木の枝でほとんどが隠れている。宝探しをしているようで楽しい。

 少し脇道にそれて、国の史跡にも指定されている三栖廃寺塔跡に到着。白鳳時代(8世紀ごろ)の創建とされ、かつては三重の塔がそびえ、法隆寺様式の立派な寺があったという。今は石碑と塔跡が残されているだけだが、天皇陛下が皇太子時代に訪れたこともある場所と聞いた。

 ここでやっと昼食。午後からは、三栖王子から八上王子を目指して、もうひとふんばりだ。