和歌山県南紀のニュース/AGARA 紀伊民報

2019年08月18日(日)

紀南の近代化遺産 先人の熱意と工夫に学ぼう

 2018年4月1日付「紀南索道」から、19年5月26日付「久木橋」まで、紀南の近代化に関する文化遺産を「近代化遺産の物語」として60回に分けて紹介した。

 当初は手探りだったが、取材を始めると鉄道や道路、橋、水路、公共建築物など驚くほど多彩な文化遺産があった。それぞれに建設に携わった人たちの熱気と工夫があり、その知恵に圧倒された。

 とりわけ各地にあった小さな水力発電所が興味深かった。この地ならではの急峻(きゅうしゅん)な地形を生かした工夫である。大半が大正期に造られた。施設の維持・運営に苦労を要したが地域の近代化を支えた。中には今も現役の施設がある。廃止を惜しみ、自然エネルギーのシンボルや観光資源として再生を願う人が少なくないのも納得できる。

 各地にある隧道(ずいどう)も興味深かった。この地は山地が多い。隣接市町村間の通行は峠を越えるか山裾を迂回(うかい)するしかなく、人々は大変な苦労を余儀なくされた。そうした難儀を解消したのが隧道であり、物流や経済活動の近代化も推し進めた。

 1936年に完成した田辺市中芳養―みなべ町晩稲間の小野坂隧道(長さ73メートル)、01年に一度は開通したものの幾度かの崩落を経て14年後にようやく完成した上富田町岡―田辺市下三栖間の岡阪隧道(長さ65メートル)はその一例。小野坂隧道に取り付けられた扁額(へんがく)に刻まれた「天門開通」の文字から、当時の人々の喜びの大きさを知った。

 明治から昭和初期にかけて建てられた住宅なども印象的だった。田辺市や新宮市などの市街地に残っており、ほとんどが木造洋館。今見ても、おしゃれなカフェのようなたたずまいだ。

 これまで「木霊の物語」「地質遺産の物語」と連載を続け、それぞれに反響が多かったが、今回は回を重ねるほどにそれが大きくなった。「その施設で勤めていた」とか「昔を思い出して懐かしかった」「近くに住んでいるが知らなかった」などの声が届いた。

 うれしいこともあった。当時、小学校6年生だった男児が夏休みの自由研究で、この連載を取り上げてくれた。さらに深く知りたいと記者に連絡があり、昨年9月に父親と本社を訪れた。質問に答えるたびに目を輝かせ、メモを取っていたのが印象的だった。約3カ月かけて17カ所を巡り、感想をまとめて、12月の社会科展示会に出展したという。

 遺産に積極的に関わり、理解しようとしていることに感心させられただけでなく、取材に携わる私たち記者も大いに励まされた。

 近代化遺産に関心を寄せることは、それを企画立案し、自ら資金を調達し、汗を流して建設作業に携わった当時の人々の暮らしと歴史に思いをはせることである。それは郷土愛の醸成と共助の大切さを確認することにも通じる。

 今こそ先人の知恵と工夫の結晶である近代化遺産を評価し、そこから学んでいきたい。(Y)