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東北被災地で青梅手渡す みなべの赤松さん

災害公営住宅で住民と対面する赤松宗典さん(中央奥)。オリジナルの歌「おかあさん」を披露した=福島県相馬市で、赤松宗典さん提供
災害公営住宅で住民と対面する赤松宗典さん(中央奥)。オリジナルの歌「おかあさん」を披露した=福島県相馬市で、赤松宗典さん提供
 東日本大震災の被災地である福島県相馬市に毎年、青梅や梅花を送り続けている和歌山県みなべ町清川の梅加工会社「紀州薬師梅」社長、赤松宗典さん(72)は6月28、29の両日、同市を初めて訪れ、現地の人に青梅を手渡した。多くの児童が犠牲になった、宮城県石巻市の大川小学校跡も訪れ慰霊をした。

 赤松さんは本誓寺(清川)の住職だった2011年3月に東日本大震災が発生し、同月中に福島県の避難所に被災者の癒やしになればと梅花を送った。同年の秋には全国の僧侶仲間で復旧活動の手伝いにも行った。その後、二階俊博衆院議員事務所の橋渡しで、地元特産の南高梅の実と花を、津波による原発事故の被害も受けた相馬市に毎年送るようになった。

 それらは市内の災害公営住宅や保育園に届けられ、住民や園児らに喜ばれており、立谷秀清市長から赤松さんにお礼の手紙が届いたこともあった。昨年夏に「祭りに来てほしい」という誘いがあり、昨年も今年も新型コロナウイルスの影響で祭りは神事だけとなったが、「ぜひとも会いたい」という双方の願いと、被災10年の節目ということもあって訪れることにした。

 今年は清川地域の農家7戸からの協力もあり、青梅は計90キロになった。

 相馬市を訪れた赤松さんは立谷市長と対面し、その後、市内にある災害公営住宅や保育園計5カ所を訪問し、青梅を手渡した。「ぜひ会いたかった」という住民らの歓迎を受け、送った青梅で作ったジュースも振る舞われた。立谷市長は震災を振り返った手記に「米と味噌(みそ)と梅干しがあれば生きていける」とつづっており、この日の対面でも梅の贈呈に感謝していたという。

 大川小学校跡では、手を合わせて亡くなった児童の慰霊をした。赤松さんは娘が9歳の時に病気で亡くなっており、早過ぎる死を悼まずにはいられないという。現地の住民からは「地震が起これば津波が来る。高台に逃げなければいけない。日頃からの危機管理も大事」と、地震に対する心構えを教えてもらったという。

 岩手県大槌町にも足を延ばし、福祉施設に青梅を贈った。

 赤松さんは「青梅の確保が難しい上、落ち梅の収穫で忙しい時季だったが、清川の農家らは喜んで協力してくれた。そんなみんなの熱い思いを被災地に届けることができたのではないかと思う」と話す。今後も梅を送り、機会があれば訪れたいという。

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