和歌山県南紀のニュース/AGARA 紀伊民報

2024年05月02日(木)

目先のことを過大評価してしまう人間の行動を分析し最適な介入を導出する数理モデルを開発 ~シミュレーション実験の計算コストをかけずに、個人の目標達成の成功を支援~

 日本電信電話株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:島田 明、以下「NTT」)は、目先のことを過大評価してしまう人間の、長期的な目標達成行動を分析し、さらにそのような人間の目標達成のための最適な介入を求めることができる数理モデルを開発しました。このモデルを用いて導出した適切な介入を適用することにより、健康や教育などにまつわる個人の目標達成の成功を支援することができます。なお、本成果は 2024 年 2 月 20 日から 27 日までカナダ・バンクーバーで開催された、AI分野の最高峰国際会議 The 38th AAAI Conference on Artificial Intelligence (AAAI 2024)* において発表されました。特に本成果は全投稿中の1%にあたる口頭発表に選出されています。
*https://aaai.org/aaai-conference/

1.研究の背景
 人間は目先の利得・損失を過大評価してしまう「現在バイアス」(※1)と呼ばれる認知バイアス(※2)を持っています。現在バイアスの強さは個人によって異なります。現在バイアスが強い人は、目の前の誘惑に負けやすく、困難の先延ばしをし易い傾向があると言われています。また、強い現在バイアスは長期的な目標達成行動(例えば、健康のために一か月間の歩数目標を決めその達成を目指すウォーキングプログラムなど)の成功を阻害することが知られています。そのため、現在バイアスが人間の行動にどのような影響を与えるかを理解し、個人の現在バイアスの強さに応じて適切な介入を行うことは、計算機科学及び行動経済学分野における重要なトピックとして研究されてきました。介入とは例えば、長期的なウォーキングプログラムにおいて  進捗状況に応じたインセンティブを設定し提示することなどが挙げられます。
 既存研究として、頂点と辺からなるグラフを用いて現在バイアスの影響下の人間の目標達成行動を表現し、その振舞いを分析する手法が提案されていました。しかしこの手法には、人間の実際の振舞いを知るためには計算コストのかかるシミュレーション実験を走らせる必要があるという問題点がありました。さらに目標達成行動を支援するための最適な介入を求めることが難しく、現実的な計算時間では困難であることが知られていました。

2.研究の成果
 今回、人間の現在バイアス下の行動を分析し、最適な介入を導出するための新たな数理モデルを開発しました。このモデルでは、現在バイアス下の人間の行動を数学的に閉形式で書き下す(※3)ことが可能であり、シミュレーションを行うことなく人間の将来の行動を予測し知ることが可能であるというメリットがあります。

 さらに、このモデルを用いることで今まで困難だった介入の最適化問題を現実的な時間で解くことができることを示しました。最適な介入の例として、現在バイアスが弱い人には報酬をまとめて一度に設定することが、逆に現在バイアスが強い人には報酬を分割して高頻度に設定することが最適であることを数学的に示しました。この結果は、現在バイアスが強い人の行動は目先の損得に左右されやすいため、中間的な報酬という目先のゴールを常に意識させることで効果的であることを意味していると解釈できます.導出された最適な介入を現実世界における健康や教育などにまつわる個人の目標達成行動に対して適用することで、目標の達成率を大きく改善することができる可能性があります。


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3.技術のポイント

● 「進捗積み上げ型タスク」への着目 
 本研究では、目標達成タスクの中でも「進捗積み上げ型タスク」と呼んでいるものに着目しました。進捗積み上げ型タスクとは、与えられた制限時間内に「進捗」と呼ばれる数値を積み上げて「目標進捗」の達成を目指し、達成すると報酬が得られるようなタスクのことです。このようなタスクは現実世界でも日常的に現れます。例えば、健康のために1週間で10時間歩く、6ヶ月で大学の卒業論文を完成させる、などのタスクが該当します。進捗積み上げ型タスク特有の構造を制約として組み込み、さらに数学的なテクニックを駆使することにより、人間の振舞いを数学的に閉形式で書き下す 図 2 進捗積み上げ型タスクの例ことに成功しました。


[画像2]https://digitalpr.jp/simg/2341/87003/600_409_202404191042176621cbf9bcbe4.JPG




[画像3]https://digitalpr.jp/simg/2341/87003/600_412_202404191042176621cbf9ac282.JPG


● 数理最適化技術の利用
 構築したモデルにおいて最適な介入を求めるため、数理最適化と呼ばれる技術を利用しました。数理最適化とは、制約を満たす解の中で目的関数(※4)を最小化もしくは最大化するようなものを効率的に見つけ出す技術分野であり、長い歴史をもちます。今回この数理最適化技術で用いられるテクニックを活用することで、様々な問題設定(最適な目標設定問題、最適なインセンティブ設計問題など)において最適な介入を高速に求めるアルゴリズムを構築することに成功しました。

4.今後の展開
 本成果は現段階では理論的なものであり、今後は現実の目標達成タスクにおけるデータを用いてモデルの有効性の検証を行っていきます。さらに、人間は現在バイアス以外にも様々な認知バイアスを持っており、これらを考慮するために社会科学や心理学、行動経済学などの人間行動に関する科学的知見を組み込んで、より人間らしいふるまいを模倣する数理モデルにしていくことを目指します。また、ヘルスケア分野だけではなく、教育・財産といった分野の社会の本質的な価値に関わる意思決定を支援するシステムに技術を組み込んでいくことを目指します。

【用語解説】
※1 現在バイアス
直近得られる利益を、将来得られるより大きな利益よりも過大評価する傾向のこと。現在バイアスが引き起こす現象の一例として、ダイエットをしようとしている人が、長期的な健康や体重現状を達成することよりも目の前のご馳走を優先してしまいダイエットに失敗してしまうことなどが挙げられる。

※2 認知バイアス
物事を判断する際に,無意識のうちに非合理的な判断を下してしまう心理現象のこと。人間は様々な認知バイアスの影響下にあるとされる。代表的な例として、自分の信念や仮説を支持する情報には注意を払いそれ以外の情報は無視してしまう確証バイアスや、自分にとって思い出しやすい経験や情報を過大評価してしまう利用可能性ヒューリスティック、損失を被ることを過度に恐れる損失回避性などが挙げられる。

※3 数学的に閉形式で書き下す
対象の挙動を、有限個のよく知られた関数を用いて書き表すこと。閉形式で書き表されている対象は、直接計算が可能であり、反復計算や近似やシミュレーションを行うことなくその性質を調べることができる。

※4 目的関数
数理最適化問題において、解の良さを評価するための値のこと。数理最適化技術では、目的関数を最大化または最小化するような解を探すことで、価値の高い方策を見つけ出す。例えば、東京から横浜への交通ルートを探す問題を考えると、目的関数を所要時間にすれば所要時間が最小になる交通ルートが探索され、目的関数を費用にするとかかる費用が最小になる交通ルートが探索される。




プレスリリース詳細へ https://digitalpr.jp/r/87003
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