和歌山県南紀のニュース/AGARA 紀伊民報

2024年05月20日(月)

武尊、ダウンタウン浜田の“異例”対応に感謝「浜田さんはお見通しだった」

自著『ユメノチカラ』を発売した武尊
自著『ユメノチカラ』を発売した武尊
 「K-1 WORLD GP3階級制覇」、「10年間無敗」世界の格闘技界にその名を轟かせた武尊が、紆余曲折の半生を語った『ユメノチカラ』(徳間書店刊)。武尊は同書で「心折れそうなとき、道を逸れてしまいそうになったとき、自分を支えてくれたのは『夢』の力だった」、「幼いころに誓った『K-1のチャンピオンになる』『格闘技で成功する』その夢を持ち続けたから、今がある」、「格闘技には、人の心を動かし人生まで変えてしまうとてつもないパワーがあると僕は信じている」などと語る。リアルな心境がつづられた同書から、ダウンタウンの浜田雅功とのエピソードを、一部抜粋して紹介する。

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■プロローグ 優しさ

 突然、テレビの制作スタッフから、思いがけないメッセージが届いた。「浜田さんが『武尊がいけるんやったらやろう』と言ってます」

 浜田さんとは、ダウンタウンの浜田雅功(まさとし)さんだ。あの一戦後、すっかり気持ちが沈んでしまっていた僕には、とても大きな意味を持つ提案だった。

 2022年6月19日、東京ドームで開催された「THE MATCH 2022」。実現まで7年を費やした「世紀の一戦」、那須川天心対武尊の結末を目撃するべく、ドームには5万6339人の大観衆が集まり、ABEMAのPPV(ペイパービュー)は約50万件を売り上げたと言われる。日本格闘技史上最も注目を集めたカードは、那須川が判定勝利。敗れて、控え室に戻っていく武尊には大勢の観客が駆け寄り、「ありがとう!」

 「いい試合だった!」「また試合見せてくれ!」と口々に激励の声を掛けた。武尊は涙をこらえきれずに号泣した。

 試合終了のゴングを聞いた時、「これで終わりだ……」と思った。

 長い時間をかけて、ようやく実現させた試合。あとは「勝利」という結果で、これまで応援してくれたファンと協力してくれた人たちに恩返しをする――そう決めて、僕はこの日に臨んでいた。

 けれども、結果は出せなかった。その悔しさと、これまでやってきたことのすべてを失った喪失感。忘れるはずもない強烈な出来事だったのに、今思い返しても、試合後の記憶は曖昧(あいまい)だ。

 ただ、控え室へ戻る時に、お客さんから「ありがとう!」という感謝の言葉や励ましの声がいっぱい聞こえてきたことは、うっすらと覚えている。この声は正直、意外だったし、心も動いた。

 負けた選手には誰も興味を持たない。負けたら誰にも気にされず、ひっそりと去っていく……。

 そんなイメージを持っていた。もしかすると、観てくれた人は「勝ち負け」だけを観ていたわけじゃないのかもしれない。そんな気持ちも少しだけ浮かんできたけれど、試合直後の喪失感を埋めるほどのものじゃなかった。

 翌日から「引退」か「現役続行」かを考え続けた。続行するにしても、何をモチベーションに戦っていけばいいのか。こんなボロボロの心と体で、これ以上、戦うことはできるのか……。

 気持ちが揺れ動く中で一つだけ、決めていたことがあった。

 「今後一切、メディアに出る活動をやめよう」

 詳しくはこのあとの章で言うけれど、この時の僕は体とメンタルに問題を抱えていて、しばらくは休養して治療をする必要があった。

 その時は、「負けた選手には、テレビに出る資格はない」と考えていたということもある。

 試合後の直近の予定では、ダウンタウンの浜田さんの番組『ごぶごぶ』(MBS系)のロケが控えていた。「勝って、ご褒美(ほうび)ロケをやりましょう」と浜田さんや番組スタッフの人と話していたのに、結果を出せずに終わってしまった。みんなの期待を裏切ってしまったことが申し訳なくて、僕はマネージャーを通して浜田さんと番組スタッフの人たちに、「しばらくテレビに出る活動はやめようと思っています。番組のロケに参加できなくてすみません」とお断りの連絡をした。

 すると、浜田さんはこう言ってくれたそうだ。

 「いや、武尊は今やめたらあかんよ。こういう時だからこそ、ちゃんと人前に出て行かないと」

 そして、オフで自宅に帰っていた浜田さんから番組スタッフを通して伝えられたのが、冒頭の言葉。

 「武尊がいけるんやったら、東京でロケをやろう」

 浜田さんはその日、オフだったのに、僕のために休みを返上して、東京でのロケを組んでくれた。これは異例中の異例らしい。

 以前から番組収録の合間に話しかけてくれたり、プライベートの集まりに呼んでくれたりして、とてもお世話になってきた浜田さんが「オフを返上する」とまで言ってもらったら、断るわけにいかない。

 「わかりました。ロケに行きます。お願いします」

 6月28日に都内で『ごぶごぶ』のロケが決まった。

 浜田さんから「武尊が自腹で俺に美味しいものをおごる、みたいにしたらおもろいんちゃう?」と提案してくれて、「武尊プロデュースで、浜田さんにぜひ食べてもらいたい美味しい店を回る」というロケになった。

 美味しい焼き肉や寿司を食べて、「美味しい!」と絶叫したり、僕のオリジナルカレーをその場でつくり、浜田さんに食べてもらったり。

 浜田さんは、僕が試合の話をしようとすると、「あー、ええから」と話を変えて、試合の話をさせなかった。普段以上にテンションの高い僕と、普段と変わらない浜田さんで、楽しいロケになった。

 「あれ、武尊は落ち込んでないんだな。前と変わらず元気なんだな」

 番組を見た人はそんな印象を持ってくれたようだけれど、実は浜田さんから事前にこう言われていた。

 「悔しいし、苦しいのもわかるけど、武尊が元気な姿を見せないと、ファンの人も悲しむしな。テレビの前だけでも元気な姿を出したらいいよ。無理にでも笑っていれば、自分も元気になるから」

 ロケの合間も浜田さんにテンションを上げていただいて、たくさん笑って、たくさんどつかれた(笑)。

 また、ロケで出会った人たちから「この前の試合見たよ」「また応援してるね」などの言葉をいっぱいもらえたのもよかった。

 実は、このロケの後、休養を兼ねて海外に行くことが決まっていて、僕は「当分は表舞台から消えよう。人前に出たくないし、人にも会いたくない」と思っていた。

 そんな気持ちを、浜田さんはお見通しだった。

 オフを返上してまで番組ロケという「表に出る場所」を用意してもらって、僕は「ああ、またこうやって表に出ても大丈夫なんだ」と感じた。何か謹慎明けで、浜田さんにどつかれて「禊(みそぎ)」を済ませたみたいに。

 ロケが終わり、別れ際に浜田さんと話をした。「もう芸能活動はやめようと思ってました」

 そう言うと、浜田さんは首を振った。「やめたらあかんよ。求められてるうちは出とかな」

 そうして、こんなアドバイスをもらった。

 「ちゃんと人前に出たほうがいいよ。人前に出なくなると、気持ちもどんどん落ちていくから。人前に出たら、無理してでも笑うし、そうするとどんどん自分も元気になるから」

 浜田さんの優しさで、僕は悔しくてつらくて手痛い敗北から立ち直ることができた。

 今度は僕が、悩んだり、苦しんだり、つらい思いをしている誰かを、励ましたり、元気づけたりすることができたら、と思う。そんな気持ちをこの本に込めたい。
2024年1月  武尊

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